年初から世界経済は大荒れだ。中国経済の不振(といってもGDPの成長率は7%弱もあった)、原油を始めとする資源価格の低迷、さらには米FRB(連邦準備理事会)の金利引き上げがあって、世界経済の資金の流れが激変したからだ。
中国の株価が下がり、世界の株価が影響を受けた。日本の株価は、年初から一時3000円も下げた。日銀の黒田総裁は1月末の金融政策決定会合でマイナス金利の導入を発表し、金融緩和が必要なら日銀はすかさず手を打つと語った。
マイナス金利は少なくとも短期的には功を奏したように見える。株価は上昇し、円高に振れつつあった為替はまた1ドル120円という水準に戻ったからだ。もしマイナス金利という「サプライズ」がなければ、105円ぐらいまで円高になったかもしれないという見方もある。105円という水準は、日本企業がまったく予想もしていない水準であり、そうなれば間違いなく企業心理は冷え込んだに違いない。
先月発表されたIMF(国際通貨基金)のWEO(世界経済見通し)アップデートでは、去年の10月時点に比べて2016年の成長率の見通しが引き下げられた。中国は6.3%と変わらなかったものの、資源輸出への依存度が大きいロシアはマイナス1.0%と10月予測より0.4%引き下げられ、ブラジルはマイナス3.5%と2.5%も引き下げられた。両国とも2015年に続いてマイナス成長だ。
問題の一つは、中国を始めとする新興国経済の成長力が落ちていることにある。その理由は単に景気が悪いからではない。もともとは2008年のリーマンショックにまで遡る。サブプライムローンショックで世界経済に急ブレーキがかかったとき、財政によって経済にカンフル剤を打つことが必要だった。その要求に積極的に応じたのがアメリカと中国だ。アメリカは80兆円ほど、中国は60兆円ほどの財政支出によって、景気の下支えをしたのである。
財政支出に景気下支えはそれなりに効果があった。リーマンショックの後、世界経済は急激に縮小したが、やがて下げ止まったからである。しかし巨額の財政支出や金融の超緩和に副作用があることは明らかだ。一つは、財政の悪化、もう一つは金融緩和に伴う巨額のマネーが投資先を求めて世界を移動することによるバブルである。財政悪化はとりわけユーロ圏で大きな問題を生み、そして商品市況や中国など新興国を中心にバブルが生まれた。
たとえば中国では、企業の設備投資が活発になり、また工業団地の開発や住宅開発もブームになった。その結果、生産設備は余剰になり、開発されアパートが人の住まないままに放置されている。外国企業の進出を当てにした工業団地も売れ残った。そして開発に充てられた資金が焦げ付いて、シャドーバンキングに大きな損失が出ているとされている。
新興国のバブルは中国だけではない。ブラジルや韓国、東南アジアも同じだ。問題はこうした国で企業や個人が大きな債務を抱えるようになっていることだ。この状態でドルの金利が上昇すると、これらの債務の利払いが大きくなる。それだけではない。それらの国の通貨がドルに対して安くなることで、ドルを借りている企業の返済額が膨らむのである。
米FRBは昨年12月にゼロ金利から脱却したが、世界の資金の流れが大きく変わったため、当初予定していた年間4回程度の利上げを見送らざるをえなくなったと言えそうだ。新興国の景気が悪化しては、アメリカ経済も大きな影響を受け、その結果、経済が逆回転しようものなら再び量的緩和に逆戻りをしてしまうかもしれない。それはFRBにとって最悪のシナリオだ。
日銀にとって、マイナス金利の導入は止むをえない措置だっただろう。市場にサプライズを与えるためには、年間80兆円も金融機関から買い入れている国債の金額を増やすということでは物足りない。それに国が新規に発行する国債の額が40兆円にも達しないような状況では、80兆円という買い入れ額でも相当無理がある。
その意味では、日銀にとっては追い込まれた措置ということもできるだろう。短期的に黒田日銀は市場にショックを与えることに成功したが、果たして長期的にどうかということになると見通すのは難しい。そもそも日本経済では需要不足が根本的なネック。いくら企業に設備投資を促しても、需要が増えてこないことには企業も決断できない。安倍政権が経済界に賃上げを要請するのも、需要に何とかてこ入れしようと考えているからだ。
しかしもし需要にてこ入れするというのなら、最も必要なことは財政再建なのかもしれない。なぜなら、財政再建のメドが立たなければ、やがては増税とか社会保障の切り捨てが行われることになる。そう予想する高齢者は自分の財産を消費に回すのを極力抑えようとする。国が面倒を見てくれないのなら、自分で防衛するしかないからだ。そして皮肉なことに、ここまで債務が膨らんだ国の財政を再建をするためには、まさに社会保障を削減し、増税が必須なのだ。
金融緩和という「時間稼ぎ」はそろそろ限界に達している。新たな成長戦略の図があまりはっきりしないうちに、バブル崩壊の大津波にまた襲われる可能性が出てきた。「日本経済のファンダメンタルズは悪くない」とか、のんびりしたことを言っているときではないのかもしれない。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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