ある伝統ある企業の社長にインタビューする機会があった。記事にするための取材ではないので、詳細は書けない。しかし興味深い点がいくつかあった。
日本経済は過去のピークにまで戻ることはできないのではないかと聞いたとき、その社長もまったく同感であるとしていた。そこで出来てきたのは思いがけない言葉だった。「そもそも日本に本社を置いておく必要があるのだろうか」。
そしてこうも続けた。「日本の会社であるから、日本の国内で雇用を生み出したいと思う。企業の成長の総和が日本の成長にもつながる。しかし今の日本で経営をすることはどんどん難しくなっている。税金が高い、雇用に柔軟性がない。これでは日本に残ろうとしてもなかなか残れないかもしれない」
日本の企業だから日本にいるのが当たり前という時代が終わりつつある。日本で資金調達できないベンチャー企業がアジアで資金調達をしようとしているという話も聞いた。最大の問題は、実は日本に市場がないというと大げさだが、日本が成長市場ではなくなったということである。典型的には、過去の日本経済を牽引してきた自動車や家電を考えてみればいい。自動車は過去のピークの4割減程度の車しか売れない。それだけ生産能力も余っているのだ。家電は今でこそ薄型テレビを中心に売れているが、エコポイントに後押しされていることは誰も否定しないだろう。
自動車も家電も日本の生産能力は需要を上回っている。かつてはそれを輸出に振り向けていたわけだが、韓国や中国、そしてインドの企業が日本企業の地位を脅かしている。携帯電話などは、世界市場で見れば日本企業の影は薄い。国内の携帯市場が飽和状態になってきたから今さら海外進出といってもそう簡単ではない。いわゆる「ガラパゴス化」の典型のようになった。それでもチャンスがないわけではない。アップルのiPhoneがそれを示している。要するに世界でも屈指の「イノベイティブ」な会社になればいいのである。
日本の市場で高いシェアを誇っているからといって、日本にこだわり続ければ、おそらく企業は成長を続けることはできない。もちろん他社を食って生きるのなら別である。しかし他社のシェアを奪い取るのはそう容易ではないし、コストもかかる。熾烈なシェア争いをした結果、国内部門は赤字というのは昔からある話である。
日本という市場にこだわらないという決断は日本企業にとってそう簡単な話ではない。日本という国で日本人同士の阿吽の呼吸でやってきた部分がいっぱいあるからだ。だから海外に進出しても、そこのトップを外国人に任せるということはほとんどなかった。少なくとも社長と経理・財務担当は日本から送り込んだ。人事はややこしいので現地の人に任せざるをえないとしても、会社の実権は日本人で握りこんでしまう。
先の社長はこうも語った。「そんな時代は終わっている。日本語が話せるかどうかなんて、時代錯誤もいいところ。日本語でなくても英語でコミュニケーションを取ればいい」。
そしていまいろいろな会社で現地法人を現地の人に任せるようになった。かつては日本語をしゃべることが必須だったが、今はそんなことを言っていたらいい人材は集まらない。こちらが英語を話せばいいだけなのである。
日本の企業は、かつては安い製品で世界に進出し、やがて高い品質で世界との競争に勝った。そして日本的経営が世界に認められ、世界中の企業が日本企業を研究した。1980年代、それが日本企業の絶頂期であった。今や世界の先進国の企業が注目しているのは、中国やインドの企業である。たとえば、タタモーターズがなぜ世界で最も安い自動車を開発することができたのかを気にしている企業は少なくない。
いくら小さい車でも安く作るのは大変なことなのだ。かつてスズキ自動車を取材したとき、鈴木修社長は「われわれは小さい車しか作れないから」と語っていた。それでも40万円の軽自動車アルトを開発したときは、他社は目を見張ったものである。
日本の企業が元気だったころは、海外のマーケットにいかに売るかということに心を砕いたものである。技術開発も販売戦略もその意味では懸命に努力した。しかしそのころのことを多くの日本企業はすっかり忘れているように見える。かつての栄光にひたっているうちに、いつの間にか、世界の動きに取り残されるようになってしまう。かつてのアメリカの轍を踏んではならないのである。そしてそのアメリカがどうやって活力を取り戻しているのか、そこを謙虚に学ぶべきだと思う。
ある伝統ある企業の社長にインタビューする機会があった。記事にするための取材ではないので、詳細は書けない。しかし興味深い点がいくつかあった。
日本経済は過去のピークにまで戻ることはできないのではないかと聞いたとき、その社長もまったく同感であるとしていた。そこで出来てきたのは思いがけない言葉だった。「そもそも日本に本社を置いておく必要があるのだろうか」。
そしてこうも続けた。「日本の会社であるから、日本の国内で雇用を生み出したいと思う。企業の成長の総和が日本の成長にもつながる。しかし今の日本で経営をすることはどんどん難しくなっている。税金が高い、雇用に柔軟性がない。これでは日本に残ろうとしてもなかなか残れないかもしれない」
日本の企業だから日本にいるのが当たり前という時代が終わりつつある。日本で資金調達できないベンチャー企業がアジアで資金調達をしようとしているという話も聞いた。最大の問題は、実は日本に市場がないというと大げさだが、日本が成長市場ではなくなったということである。典型的には、過去の日本経済を牽引してきた自動車や家電を考えてみればいい。自動車は過去のピークの4割減程度の車しか売れない。それだけ生産能力も余っているのだ。家電は今でこそ薄型テレビを中心に売れているが、エコポイントに後押しされていることは誰も否定しないだろう。
自動車も家電も日本の生産能力は需要を上回っている。かつてはそれを輸出に振り向けていたわけだが、韓国や中国、そしてインドの企業が日本企業の地位を脅かしている。携帯電話などは、世界市場で見れば日本企業の影は薄い。国内の携帯市場が飽和状態になってきたから今さら海外進出といってもそう簡単ではない。いわゆる「ガラパゴス化」の典型のようになった。それでもチャンスがないわけではない。アップルのiPhoneがそれを示している。要するに世界でも屈指の「イノベイティブ」な会社になればいいのである。
日本の市場で高いシェアを誇っているからといって、日本にこだわり続ければ、おそらく企業は成長を続けることはできない。もちろん他社を食って生きるのなら別である。しかし他社のシェアを奪い取るのはそう容易ではないし、コストもかかる。熾烈なシェア争いをした結果、国内部門は赤字というのは昔からある話である。
日本という市場にこだわらないという決断は日本企業にとってそう簡単な話ではない。日本という国で日本人同士の阿吽の呼吸でやってきた部分がいっぱいあるからだ。だから海外に進出しても、そこのトップを外国人に任せるということはほとんどなかった。少なくとも社長と経理・財務担当は日本から送り込んだ。人事はややこしいので現地の人に任せざるをえないとしても、会社の実権は日本人で握りこんでしまう。
先の社長はこうも語った。「そんな時代は終わっている。日本語が話せるかどうかなんて、時代錯誤もいいところ。日本語でなくても英語でコミュニケーションを取ればいい」。
そしていまいろいろな会社で現地法人を現地の人に任せるようになった。かつては日本語をしゃべることが必須だったが、今はそんなことを言っていたらいい人材は集まらない。こちらが英語を話せばいいだけなのである。
日本の企業は、かつては安い製品で世界に進出し、やがて高い品質で世界との競争に勝った。そして日本的経営が世界に認められ、世界中の企業が日本企業を研究した。1980年代、それが日本企業の絶頂期であった。今や世界の先進国の企業が注目しているのは、中国やインドの企業である。たとえば、タタモーターズがなぜ世界で最も安い自動車を開発することができたのかを気にしている企業は少なくない。
いくら小さい車でも安く作るのは大変なことなのだ。かつてスズキ自動車を取材したとき、鈴木修社長は「われわれは小さい車しか作れないから」と語っていた。それでも40万円の軽自動車アルトを開発したときは、他社は目を見張ったものである。
日本の企業が元気だったころは、海外のマーケットにいかに売るかということに心を砕いたものである。技術開発も販売戦略もその意味では懸命に努力した。しかしそのころのことを多くの日本企業はすっかり忘れているように見える。かつての栄光にひたっているうちに、いつの間にか、世界の動きに取り残されるようになってしまう。かつてのアメリカの轍を踏んではならないのである。そしてそのアメリカがどうやって活力を取り戻しているのか、そこを謙虚に学ぶべきだと思う。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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