北京オリンピックの開会式に合わせるかのように勃発したグルジア・ロシア紛争。EU(欧州連合)議長国であるフランスのサルコジ大統領の調停によって一応戦火は収まったものの、ロシアと欧米諸国との対立はさらに深まっている。
1991年にソ連が崩壊して以来、ロシアにとって20世紀最後の10年は失われた10年であった。それと同時に、ロシアは自分たちの勢力圏も失ってきた。東欧諸国やバルト3国といったかつての衛星国である。これらの衛星国は、共産主義の砦であると同時に、ソ連にとっては安全保障上「第一防衛線」でもあった。
ロシアは1998年に通貨危機を経験し、経済的にも苦境に陥っていたが、そのロシアを救ったのが原油高である。原油生産高で世界第2位、天然ガス産出高で世界第1位のロシアは、資源高騰の恩恵をたっぷり受けた。経済的に立ち直ってくる過程の指導者がプーチン前大統領である。
経済的には立ち直ってきても、ロシアが世界の主導的立場につく大国として復活してきたわけではない。いわゆる先進7カ国首脳会議(G7)に加えてもらってG8になったとはいえ、ロシアは「ワン・オブ・ゼム」にすぎないのである。
プーチン前大統領(現首相)にとって、強いロシアの復活が大目標であることは疑いない。そのための武器は天然ガス、石油といったエネルギー資源である。同時に、西側になびいた周辺諸国を取り戻し、安全保障上の緩衝地帯にすることも重要なステップだ。
その意味で、ロシアの現政権にとっての悪夢は、ウクライナ、グルジアという旧ソ連の一部の国の親西側政権が、NATO(北大西洋条約機構)という西側の軍事同盟と近づいていることだ。東欧諸国を失った上に、旧ソ連の領土まで西側の軍事同盟に加盟すれば、ロシアにとっては丸裸も同然だろう。
そのグルジアの領土内に南オセチア自治州という親ロシアの地域があるのをロシアが利用して引き起こしたのが、今回のグルジア・ロシア紛争だ。南オセチアからグルジア軍を挑発して進攻させ、ロシア軍に犠牲が出たという名目でグルジア領内にロシア軍が進攻したというのである。ロシア軍の最終的な目標はいまだに明らかではないが、グルジア領内に橋頭堡を築き、政治的にサーカシビリ政権を揺さぶることが目的ではないかとされている。
うまくいけば、サーカシビリ政権を打倒して親ロシアの政権を樹立できる可能性もある。そうなれば領土的な「回復」に加えて、グルジア領内を通過する重要なパイプラインを押さえることもできる。グルジア領内には、カスピ海のバクーからグルジアの首都トビリシを通って、黒海やトルコへ抜けるパイプラインがある。これは西側諸国にとっては、ロシアの影響力から切り離された「安全なエネルギーライン」であったが、それをロシアの影響下に置けば、ロシアの発言力が強まるというのがプーチン=メドベージェフ政権の思惑だろう。
ロシアはヨーロッパ、とりわけドイツやフランスにエネルギーを供給している関係から、そうした国がロシアに強く出ることはできないという読みがある。そのため、アメリカやNATOが強硬に出ても、当面はロシアが大幅に妥協することはなさそうだ。
これが新たな冷戦時代の始まりというわけでもないだろうが、このところ数年にわたって徐々に冷え込んできただけに、そう簡単に戻るというわけにもいくまい。
ロシアへの投資を増やそうとしている西側企業にとっては、ロシアのカントリーリスク度がぐんと跳ね上がったことだけは間違いない。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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