最近、急に流行語になったかのような感があるTPP。もともとの英語はTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement (環太平洋戦略的経済協力協定)。2006年にシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国が結んだ自由貿易協定から始まった。現在はアメリカ、マレーシア、ベトナム、オーストラリア、ペルーを加えて合計9カ国で交渉中だ。
橫浜で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で、日本がこのTPPへの参加を表明するかどうかで、さまざまな対立が生まれている。TPPは多国間の貿易を自由化しようという枠組みだ。多国間ではWTO(世界貿易機関)のドーハ・ラウンドが交渉中だが、現在は開店休業状態。153もの参加国の話し合いで合意を得るのは極めて難しい。実際、日本も農産物に関しては自由化の「例外品目」を数多く要求し、発展途上国からは「閉鎖的」との批判も浴びている。
日本の農業に「価格競争力」がないことは事実といってもいいだろう。数年前、コメの国際相場が暴騰したといって大騒ぎになったが、そのときの国際相場は1キロ100円ほどだった。今年コメの国内相場は大幅に値下がりし、農家は悲鳴をあげているが、それでも1キロ200円を超える。日本国内のコメを守るために、政府は輸入米に788%という関税をかけている。農水省は、もし農産物の関税が撤廃されれば、日本の農家は大打撃を受け、現在の食糧自給率40%が14%にまで低下すると「警告」を発した。
日本はこれまでにも、各国とFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定、FTAよりもより幅の広い自由化をめざす協定)などを結んでいる。最近ではインドとの間でEPAを締結することで合意した。しかしこうした協定の中では、農産物を例外品目として自由化の対象から外すなどの措置が取られている。しかしTPPでは、こうした例外措置を原則として認めない。だからこそTPPに参加するとなれば、それこそ農業をどうするのかが問われることになる。
農業といっても焦点はコメだ。コメは超高率関税によって輸入米をシャットアウトして、自給率ほぼ100%を維持してきた。それだけにコメも含めて農産物を自由化するとなればその抵抗勢力は超党派だ(与党の民主党内でも鳩山前首相など慎重論や反対論が根強くある)。もともと民主党が打ち出して農家への戸別所得補償という制度は、農産物自由化をにらんだ措置とされていたはずだが、それでもいざ自由化となると簡単ではない。
それにもう一つ気になることがある。TPPに参加する場合、郵政民営化見直しの方向性についても他国から懸念が表明されることは間違いない。ゆうちょ銀行とかんぽ生命を合計すると280兆円ぐらいの資金がある。この2社については民営化してその株式も売却する予定だったが、その路線を180度転換することで民主党と国民新党は合意していた。ただ前回国会ではそれが廃案になったため、また同じ法案を提出するのか、それともさらに見直しが入るのかはやや微妙だ。ただ海外から見ると、280兆円という膨大な資金量を誇る「国営銀行・国営保険会社」は「自由化」という概念とは相容れないだろう。
しかしこの路線を変更するとなると、民主党がさんざん批判してきた小泉・竹中改革路線の要を「踏襲」することになり、政治的にはかなり難しい話になる。新聞報道によると、菅首相は「TPPは消費税とは違う」と力んだそうだ。参院選前に消費税引き上げを打ち出して反発を食らうとたちまち引っ込めてしまったが、その轍は踏まないということなのだろうか。
高齢化が進み、人口が減少する日本にとって最大の問題は、国内のマーケットが縮小することである。こうした中で企業が成長し続けようとすれば、マーケットシェアを上げるか、海外に出るかしかあるまい。もちろん新しい製品を開発して新しい市場をつくるということもあるが、それは誰にでもできる話ではない。海外市場に進出するとき、日本の国内市場も開放しなければならい。一方的に輸出ばかり増やすというのでは、双方にとってメリットのある貿易にならないからである。
ただそのためのハードルはあまりにも高い。実際、消費税という一般国民の懐の問題に比べても、農業や郵政はそれによって生活を左右される人々がいるだけに抵抗が大きい。菅首相がTPP参加を強行すれば内閣が維持できなくなるかもしれない。かといってこの問題を先送りすれば、それこそ日本の将来に禍根を残すことになる。菅首相がリーダーシップを発揮する最後のチャンスはもう目前だ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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