TPPが正式に発効するためには2つの条件が必要です。まず、参加予定の12ヶ国のうち6ヶ国以上の国で批准されること。かつ、批准国GDPの合計が12ヶ国全体のGDPの85%以上を占めることが必要です。日本もしくは米国のどちらかで批准されなければ、GDPの85%条件は満たされません。
今回はTPPを展望するとともに、TPPをより正確に理解するためにその本質に迫ってみます。
TPPの基本構図は日本対米国
TPPは12ヶ国が参加していますが、日本にとっては米国との関係が極めて重要です。TPP参加国の中で、米国と日本の国内総生産GDPは全体の90%近くを占めるとともに、日本にとって最大の輸出相手国は米国です。
TPP交渉は難航し、日本がTPP交渉に参加して大筋合意に達するまでに2年半かかりました。日本にとってTPP交渉とは対米国との交渉そのものです。その攻防の中で重要なポイントは次の2点でした。
(1)日本は自動車や機械製品の米国の関税の撤廃・軽減を求める
(2)米国は穀物類や牛肉等の農産物の日本の関税の撤廃・軽減を求める
背景としては、まず日本は自動車や自動車部品、各種機械製品の製造においては米国に対して強い競争力を持っていることです。すなわち、優れた自動車や機械製品をより安価に製造し提供できることです。
それに対して、米国は世界一の農産物輸出国です。米国の農業生産の土地効率は決して高くはなく、むしろ日本より低い状況です。しかし、米国は日本の約25倍の広い国土を有し、農業に適した平野も多いですので、土地効率は大きな要素ではありません。それよりも、農業の経営規模が大きく機械化が進んでいますので、労働効率は高くなっています。その結果、米国では日本より安く農産物を生産して提供できる訳です。
自動車・機械の日本と、農産物の米国の力関係をそれぞれの国の関税で見てみましょう。表1には各国の関税率を示しました。日本の農産品に対する関税率14.7%とは、輸入された穀類や肉に対して14.7%の関税がかかっていることを示します。なお、関税率は分野ごとの加重平均値を示しています。
日本は輸入される自動車に対しては関税率がゼロで、全く関税をかけていません。輸入される機械電機についても関税率は0.2%で、関税はほとんどゼロに近い状況です。
一方、米国の農産物の関税率が4.1%で、日本などと比べて非常に低い関税率です。これは米国の農業分野の競争力が強いことを示しています。それに対して、自動車では2.5%、機械電機では1.7%と日本に比べて大きい関税率です。自動車や機械電機では日本に対して競争力が弱い分、米国は関税率で守っているとも考えられます。
農産品 | 自動車 | 機械電機 | |
---|---|---|---|
日本 | 14.7 | 0.0 | 0.2 |
米国 | 4.1 | 2.5 | 1.7 |
カナダ | 11.9 | 6.1 | 2.5 |
オーストラリア | 2.8 | 6.7 | 3.2 |
マレーシア | 19.9 | 24.7 | 6.5 |
ベトナム | 15.9 | 42.8 | 9.6 |
TPPの目的と対策
TPP交渉の結果、将来TPPが発効した場合は日本の農産品に対する関税率は表1の数値よりも小さくなります。逆に、米国や他の国々の自動車や機械電機の関税率が下がります。その結果、日本では米国等からより安価な農産品や食品の輸入量が増え、逆に日本から米国等への自動車、自動車部品、機械類の輸出が増えます。
TPPのような自由貿易の推進は、国々が関税を軽減して互いがより安く良い産物や製品を入手でき、共に発展していこうというところにあります。関税の軽減や撤廃を推し進めますと、それぞれの国で影響を受ける産業分野が生じます。日本の場合は主に農業がそれにあたります。各国の政府はTPPによって影響を受ける分野をしっかりと救済する責任があります。
日本においては従来から国民は農業への支援を行って来ました。救済策としましては、税金を直接投入する方法と、海外に比べて高い国産の農産物を国民が購入することで間接的に支援する方法です。これはコメなどの穀物や牛肉などが該当します。
TPPがスタートしますと、農業分野への支援が一層必要になります。日本ではTPPによって自動車、自動車部品、機械類の輸出が振興し、関連企業の収益が増えます。また、安い農産物や食品の輸入が増えることから、小売り、飲食業、食品加工業等の食関連産業の収益増も予測されます。マクロに考えますと、TPPでメリットを受ける産業分野からの税収が増える分のいくらかを、TPPでデメリットを受ける分野の救済に回すことができます。これは、税が持つ社会の公平性の維持や富の再配分などの機能を活かすことになります。
日本政府は昨年のTPP大筋合意の後に、農業分野等に様々な対策を発表し、実際に支援を実施しています。この基本政策は一時的なものではなく今後も続くことになります。
TPPの展望
現在、米国の議会でTPPはまだ批准されていません。また二人の大統領候補もTPPに反対を表明しています。先にも述べました理由で、米国ではTPPは自動車産業の労働者に影響があると考えられていますが、労働組合は民主党の大きな支持基盤です。
米国では大統領選挙と共に、上院の3分の1が、下院の全部が改選されます。また多くの州の知事選や州議会、市議会等の選挙も行われます。各候補者は選挙が終わるまでは有権者を意識した発言をすることになります。
TPPには関税の撤廃・軽減や貿易の振興のみならず、国際社会における民主的な経済活動の推進という高い理念も含まれています。世界には政治の民主化も達成されておらず、経済においても政府要人(もしくは党要人)が国内の大企業に大きな影響力を持つ国々があります。人類にとって世界の民主化は政治のみならず経済分野でも大きな課題です。
さて、そもそもTPPは4ヶ国でスタートしていたものが、米国が新たに参加するとともに米国が主導して拡大されました。日本が12ヶ国の中では最後に協議に参加しました。長い年月をかけて大筋合意に至ったTPPを米国が批准しないということはなかなか考えられないことです。一つのストーリーとして、大統領選挙後に米国政府が労働者対策の政策を打ち出し、それとセットで議会にかけられてTPPが批准されるなどが考えられます。
TPPのメリットを最大限に活かして日本経済の活性化や地域産業の振興が期待されます。また、TPPが持つ高い理念が実現され、経済活動の民主化と各国の繁栄を期待致します。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…
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