読む講演会Vol.11
2017年08月01日
No.11 岸博幸 /“読む講演会”クローズアップパートナー
岸博幸
慶應義塾大学大学院教授
目次
日本の将来を考えると、改革をしないと本当に危うい
安倍政権を評価できるか、できないか、といえば、残念ながら評価することはできない、ということになるかと思います。理由は簡単で、この4年半、大した改革を何もしていないからです。農業改革とか、働き方改革とか、いろんな掛け声は挙げるんですが、実は大した改革はできていない。「成長戦略だ、改革だ」と言ってきたんですが、改革を進めていない。その意味で、私はとてもフラストレーションが溜まっているんです。
改革できなかった政権で、実は数少ない成果が「国家戦略特区」でした。規模は小さい改革ですが、それでも、できていたら成果でした、ところが、加計学園の問題もそうでしたが、野党やメディアが寄ってたかってつぶそうとしている。
この国は、本当に改革を進めにくい国だな、と思います。ただ、日本の将来を考えると、改革をしないと本当に危ういんです。
安倍総理は4年半前、政権に返り咲いたとき、「日本経済の再生が重要課題です」と言っていました。では、日本経済の再生はどうしたらできるのか。
アベノミクスで1番に言われたのが、デフレの解消でした。重要です。しかし、デフレを解消したら日本経済を再生したといえるのか。インフレになって、モノの値段が上がるようになったら経済再生なんてことはありえないわけです。
デフレ解消は当たり前として、加えて経済成長率が高くならないといけない。企業は利益が増えて、しかも将来もそれが続かないといけない。投資や賃上げができるようにならないといけない。家計も、給料が増えて、消費を増やせるようになる。そうなって初めて、日本経済は再生します。
デフレの解消に加えて、経済成長率を高くしないといけないんです。
このときの経済成長率には、実は2種類ある、ということをぜひ知っておいていただけたらと思います。
ひとつは、「今この瞬間の景気がどうなのか」ということを表す短期的な成長率です。例えば、最近のデータでいえば、今年の1月~3月の経済成長率。年率でだいたい2.2%でした。これはまさに今の景気を表す、短期的な成長率です。
ちなみに2.2%というのは、とても良い数字です。だいたい成長率で2%を超えたら「景気が良い」という判断になると思っていただいて間違いないでしょう。その意味で、2%を超えたのは悪くない。
ただ、経済成長率にはもうひとつあって、長期的な成長率です。今、景気が良いからといって、それが1年で終わってしまったら意味がないわけです。やはり「ある程度、景気の良い時期が長く続くね」という環境ができてこそ、初めて企業も安心して、投資や賃上げができるわけです。
この長期的な成長率を示す数字が、「潜在成長率」です。端的にいえば、政府が余計な経済政策をしなくても、日本経済が自然体で実現可能な長期的な経済成長率のことです。
では、この2つの成長率は今、どうなっているのか。短期的な成長率は、先にもお伝えしたように今年1月~3月は2.2%といい数字でした。しかし、去年までの3年間は良くなかったんですね。1%くらいをずっとウロウロしていた。
そんな低い数字では、特に地方の中小企業が景気の良さを実感できなくて当然なんです。だから、1月~3月は良かったけど、それまではダメだった、と言えます。
でも、それ以上に問題なのは、潜在成長率が低い、ということなんです。内閣府の推計で、だいたい今の日本の長期的な成長率は年率0.8%です。日銀の推計だと3年くらい前は0.8%くらいでしたが、最近はさらに下げて0.6%になっている。
つまり、安倍政権で潜在成長率は下がってしまったんです。この状況では、さすがに今いくら多少景気が良くなっても、それが長続きするとは思えない。そういう状況なんです。
2019年くらいからは、経済にはマイナスの要因ばかり
では、どうやって経済成長率を高めていくのか。短期的な経済成長率を高めていくのは、実は難しいことではありません。経済には需要と供給という側面があり、需要が供給より少ないと景気は悪くなってしまう。こういうときには、単純に経済の需要を増やします。短期的な景気を良くするには、それが一番いいわけです。
実は安倍政権、過去3年間の失敗の反省もあって、ここはちゃんとやっています。去年10月の段階で、補正予算4兆数千億円を組んでいた。公共事業とか、いろいろなものですね。政府がお金を使う、つまり政府が需要を作ることを決めたわけです。
それに加えて今年度予算では、通常の予算以外に景気対策に3兆円ほど上積みして、合計7兆円、政府は財政出動しています。これくらい政府がお金を使って需要を作れば、普通、景気は良くなります。だから、「1月~3月に早速景気が良くなり出した」わけです。
ただ問題は、こうした公共事業などの政府の財政出動で良くなった景気は、1年くらいしかもたないことです。特に地方都市では、公共事業のお金が一巡したら、景気が元に戻ってしまった、という経験を持っている人も少なくないと思います。今年は景気が良くなっても、来年は雲行きが怪しくなる可能性があるということです。
日本にとって、ひとつ救いなのは、来年2018年は、2020年東京オリンピックに向けた、いろいろな施設の建設需要がピークになるタイミングだ、と言われていることです。だから、建設需要はすごく増える。それもあって、補正予算の効果が少し残ることを考えたら、「来年もそれほど悪くないかも」と考えられます。
ついでに2019年になると、もうオリンピックの前年です。世の中が盛り上がっていて、オリンピック関連の需要があって、なんとかなるだろうと考えられます。
ですから、おそらく、これから2年くらいは景気が良い状況が続くだろうと予想ができるんですね。今までに比べたら、良い状態が続くだろうと。
しかし、潜在成長率は低いままです。景気が良くなっても、ずっと続くとは思えない。もっといえば、2019年くらいからは、経済にはマイナスの要因ばかりが出てきます。
まず2019年、消費税が8%から10%に上がることが予定されています。延期になるかもしれませんが、これは当然、経済にマイナスです。
あとデフレ脱却にはだいぶ手こずっていますが、これだけ金融緩和をずっとやっていれば、2018年~19年には、デフレ脱却できるかもしれない。では、デフレ脱却したら、次は何が起きるのか。当然、日銀は今の大規模な金融緩和をやめて、逆に金利を上げたい、ということになるはずなんです。
アメリカはもう中央銀行が金利を上げ始めています。ヨーロッパの中央銀行も、アメリカに追随して早く上げたいと今は思っている。そういう世の中の状況ですから、日本もデフレ脱却したら、すかさず日銀は金融緩和をやめて、金利を上げようとするでしょう。これも当然、景気にはマイナスです。
加えて悩ましいのは、2020年の東京オリンピックです。メディア的には、「東京オリンピック、バンザイ」ムードで盛り上がっていて、これはこれで良いことなんですが、経済の面からオリンピックを見ると、悩ましい面があります。
というのは、過去オリンピックが開催された国の経済状況を見てみると、ほとんど例外なく、オリンピックが終わると景気が急速に悪くなっているからです。世界的なイベントが終わった後ですから、当然かもしれません。
いろいろ考えると、2020年以降に景気が悪くなることはわかっているんです。
経済の生産性を高めることができれば、潜在成長率は高まる
もっというと、オリンピックの先には、もっと大変なことがあります。2025年、団塊の世代が全員、後期高齢者に入るんです。毎年の財政赤字の最大の要因である社会保障システムが、さらに悪化して、日本の財政赤字、借金が大変なことになりかねない。当然、そこまでに財政再建の目処をつけておかないといけないと危ういんです。
今日は時間がないのでこの話は詳しくしませんが、財政再建をマジメにやろうと思ったら、国民負担はかなり増えます。日本の社会保障制度は、水準を相当に下げないといけない。一方で、負担を増やさないと財政再建はできない。
これは2025年より前にどこかでやらないとまずいことになります。やはり大変なんです。潜在成長率を今のうちに早く高くしておかないといけないんです。
では、潜在成長率を高めるにはどうすればいいか。政府は何をすればいいのか。潜在成長率を高めるのに、実は一番手っ取り早いのは、人口が増えるようにすることです。人口が増えれば、労働力が増えますから、潜在成長率は上がっていきます。
ところが、日本は人口減少が始まっている。大規模な意味の受け入れも難しい国ですから、人口を増やすことは難しい。
となると、「無理なのか」「夢も希望もないのか」となってしまうのかというと、実はそんなことはありません。人口が減少している国でも、人口の減少ペースを上回るくらいに、経済の生産性を高めることができれば、潜在成長率を高めることができるんです。
経済の生産性という言葉、聞き慣れない方もおられるかもしれません。簡単に例を出しましょう。例えば私が自動車工場で働いているとします。1週間、決まった勤務時間働くと、私一人の力で何台かの車を生産できます。車を作り出した数×価格が、価値です。
それが翌年、仕事に慣れ、自分でいろんな工夫をしたり、ITを導入したりして、同じ型の車をより前年より多く生産できたら、価値を高めることができます。これが、生産性が上がったということです。
もしくは前の年と生産台数が変わらなくても、仕事に慣れてもっと価格の高い高級な車を作れるようになれば、価値を高められますから、生産性が上がった、といえます。逆に、翌年も同じ型、同じ台数では生産性が上がった、とは言えない。
これは製造業の世界に限定した概念ではありません。サービス業でも同じです。例えば、私がどこかのレストランで働いていたとします。1年間決まった営業時間働けば、ある程度の売り上げが立ちます。これは翌年、同じ営業時間働いて、売り上げが上がっていれば、生産性が上がったことになります。
メニューを増やしたり、料理の質をよくしたり、広告宣伝を頑張ってお客さんを増やしたり、または客単価を上げたり。結果的に、同じ働く時間で売り上げが上がれば、生産性が上がったといえます。
ざっくり言えば、生産性というのは、こういうものです。この生産性を高めることができれば、潜在成長率を上げることができるんです。
政府が、生産性を上げるのを、邪魔している
幸か不幸か、実は日本人は、勤勉な割には生産性が低いんですね。だいたい、日本経済の生産性は、アメリカの半分くらい。ドイツの3分の2くらいでしかない。逆に言えば、上げシロが多いともいえます。だから、この生産性を上げることについて頑張ればいい、という結論になるのです。
では、経済の生産性を高めるために、政府は何をしなければいけないのか。結論だけ言うと、「改革をしっかり進める」ということです。政府が、生産性を上げるのを、邪魔しているからです。
永田町や霞が関の人たちは、どうしても自分たちの権限や予算を増やしたいので、民間企業や地方自治体よりも、手取り足取り応援したがる。しかし、そればかりやっていると、民間なり地方なりの立場からすると「困ったら政府が助けてくれる」と思ってしまう。
そんな状況で、生産性が上がるはずがない。実際、これまで政府が全面的に経営に関与した企業は例外なくうまくいかなかった。政府が構えすぎると良くないのです。
逆に、規制改革、地方分権、自由貿易といった改革をどんどん進めていく。これは永田町や霞が関組の権限や予算が減ってしまうので、彼らにはおいしくないんですが、それをやるしかない。
民間企業でも地方自治体でも、頑張って自分たちの生産性を高めようとするところについて、いろいろな新しいことをやれるようにする。実はこれが一番大事なんです。生産性を高めるためには、改革をしっかりやらないといけないんです。
ところが、先ほどもお伝えしたように、安倍政権はこの4年半、改革ができていない。実は大したことをやっていない。こう言うと、もしかしたら「あれ?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。というのは、新聞を見ていると、「安倍政権、頑張っているじゃないか」という印象にもなるからです。
少し前には、農業改革がありました。最近では働き方改革をやっている。だから、改革を頑張っていると思われるかもしれませんが、報道にだまされてはいけません。特に、「安倍政権、改革を頑張っている」的な報道をする新聞が2つくらいありまして、安倍政権に対して、よく言えば好意的な、悪く言えば提灯持ち的な記事を書いているケースがある。
わかりやすい一例を挙げれば、「働き方改革」です。今、動いているのは「同一労働・同一賃金」で非正規雇用の賃金を上げることと、「残業規制をして自由な時間を増やす」ことで長時間労働を是正し、労働環境を良くすること。この2つです。
この2つで、本当に働く人の生産性が高まると思いますか。自由時間が増えたら生産性が高まる分けではない。本気でやるなら、自由時間をもっと有効に使う、ということを考えるべきでしょう。生産性向上にはスキルアップが大事ですから、教育や訓練の機会を政府が提供したり、兼業規制を緩和したり、やるべきメニューは他にあるわけです。ところが、そこは一切触られていない。やりやすいところだけやっている。
だから、今の働き方改革は、休み方改革のようになっているんです。
他の改革も同じような状況です。いろいろ打ち上げるのですが、やるべき本丸の改革には実は触れていなくて、周辺のやりやすい改革ばかりになっている。実際、そう思っている人は世の中に少なくありません。一例を挙げると、私は仕事のひとつとしてアメリカにある大手のヘッジファンドのアドバイザーとして、海外の投資家に関わっています。
4年前は世界中のヘッジファンドが、安倍政権の改革が進んで、生産性も潜在成長率も高まるので、日本の株は買いだ、と考えていました。ところが4年経った今、安倍政権で改革が進むと考えている海外のファンドはほとんどありません。これが現実なんです。
東京オリンピックまでは、なんとか景気はもつでしょう。逆にいえば、それまでの間に改革がどれだけできるかで日本の未来は変わります。改革をしっかり進めれば、潜在成長率は上がる。その後も大丈夫になる。その意味で、これからの数年が日本の将来にとって、大きな分かれ道になると私は考えています。
民間がやるべきは、イノベーションを創り出すこと
ここまでは、永田町や霞が関といった世界から見ると、という話です。しかし、日本全体を広い目で見てみると、「実は日本経済の将来はそんなに暗くないな」と思っています。
日本の景気が長期的に良くなるためには、潜在成長率を高めないといけない、と申し上げてきましたが、経済の生産性を高めることができるのは、政府の政策だけなのかといえば、まったくそんなことはありません。
政府が政策で正しい改革をすれば当然、経済全体の生産性は高くなります。しかし、民間企業でも地方自治体でも、自分たちの生産性を高めるということをやっていけば、景気が良い状態を長く続けることができるんです。
その意味で、これから数年は政権にとって改革がちゃんとできるかの試金石であると同時に、民間や地方の側にとっては、自分たちの生産性を高めることがどれだけできるか、と問われるタイミングになります。
では、自分たちの生産性を高めるには、何をしなければいけないのか。結論はシンプルです。イノベーションをしっかり創り出す、ということです。そうでなければ、なかなか生産性は高まらない。これから数年は、どれだけしっかりイノベーションを創り出せるのか、の勝負になるのです。
こう言うと、「自分のところは関係ないや」と思われることがあります。イノベーションという言葉が、間違って使われていることがあるからです。
イノベーションというと、日本語でいえば技術革新。どうしても技術系の大企業や大学が、長年研究開発をして生み出した技術的、科学的な新しいもの、というイメージが強い。ノーベル賞を受賞するようなことです。しかし、それはイノベーションではないんです。分類学上はインベンション。0から1を生み出す発明です。
イノベーションとは、80年前に経済学者のシュンペーターが説明した言葉がもっともわかりやすいと思います。「ニューコンビネーション」。新しい組み合わせです。
発明のように0から1を生み出すのは大変です。そうではなくて、すでに世の中に存在するもの、技術でも知識でもノウハウでもブランドでもなんでもいいんですが、新しい組み合わせを作って、新しい付加価値を生み出すのが、イノベーションなんです。
「イノベーションを連続して、たくさん生み出すことが、経済の古い体制を破壊して、経済を発展させる」とシュンペーターは言っています。
イノベーションというのは、とても範囲が広いんです。技術関係もありますが、サービス業でもイノベーションは起こります。ビジネスモデルを新しくする、作り方や売り方を新しくする、マーケティングや広告宣伝で新しい取り組みをする、というのも全部イノベーションになります。
具体的にお話をしてみましょう。私は仕事の一つとして、エイベックスというレコード会社の役員をやっています。10年ほど関わっている音楽業界ですが、今かなり悲惨な状況になっています。1998年に6000億円あった市場が、どんどん縮小して去年の数字で2500億円を切っている。わずか20年で市場が半分以下になってしまったんです。典型的な構造不況業種、衰退産業、衰弱産業です。ですから、多くの会社やアーティストは、売り上げがずっと右肩下がりになってしまっている。
では、この世界には夢も希望もないのか、といえば、そんなことはありません。全体が右肩下がりになった原因は、いろいろあります。ネットが普及し、違法コピーが氾濫した。若い人が通信にお金を使うようになった。デフレが続いて、音楽のメインユーザーがお金を使わなくなった……。
ところが、こんな中でも売り上げを右肩上がりにできている会社やアーティストがいるわけです。それは偶然なのか。違います。イノベーションを創りだしているんです。
「AKB48」も小さな地方都市もイノベーションで成長している
例えば、「AKB48」。この7~8年、大変なペースで右肩上がりを続けてきました。背景にあるのが、AKBなりのイノベーションです。
今の時代、いくらいい曲を作ってCDを出したって、みんなネット上の違法コピーを聴いてしまうから買ってくれない、というときに、じゃあしょうがない、にはしなかった。ネットで違法コピーできないおまけをつけよう、と考えたわけです。AKB総選挙の投票券だったり、握手会の握手券だったり。
音楽業界に昔からある「CD」という媒体と、音楽業界と基本的に関係がなかった「おまけ」を組み合わせて、ニューコンビネーションを作ったわけです。まさに、これはイノベーション定義に当てはまります。
AKBのAは秋葉原ですが、この設定もイノベーションだったと思います。秋葉原はオタクの聖地。デフレでお金を使わない人が増えていく中で、自分が好きなものにはとことんお金を使うオタクという層をアーティストのコアファンに据えた。「音楽」というビジネスに、「オタク」という一見無関係なものを組み合わせたニューコンビネーションです。
エイベックスでいえば、「EXILE」や「三代目J Soul Brothers」が売れているのは、彼らなりのイノベーションを創っているからです。ジャニーズのアーティストも同様です。いろいろなイノベーションを各グループで作っている。だから、売れている。
ジャニーズで最も人気があるのは、SMAP解散前から「嵐」でした。では、「嵐」のファンクラブ会員はどのくらいの規模なのか。正式な数は公表されていませんが、関係する数字から類推すると、自民党の党員数より多いんです。
市場規模2500億円の小さな産業で頑張っているアーティストたちですが、一国の政権与党を超えるファンの数を獲得できている。これがイノベーションの効果です。
地方自治体でも、イノベーションで地方創成に成功しているところがあります。長野県の南部の山奥にある下條村。芸能人の峰竜太さんの出身地です。この村は、永田町、霞が関では奇跡の村と呼ばれています。なぜ奇跡なのか。人口が増えたからです。
山奥の村ですから全国に先駆け、人口減少高齢化が進みました。1990年には人口が4000人を切って、3900人になってしまった。危機感を持った村長さんは、なりふり構わず新しい政策を打ち出しました。政策のイノベーションです。
例えば、道路の舗装などの公共事業のお金が必要でしたが、予算の公共事業費をなんと9割も削減してしまった。そして浮いたお金で、「若いファミリー層に移住してもらわないと」と移住用のアパートを作ったんです。
しかし、毎年たくさん公共事業をやる必要がある。どうしたのかというと、地元の住民にお願いしてしまった。村役場がセメントやつるはしを買ってきて、住民にお願いしてしまったわけです。住民は面食らいましたが、やってみると以外にできてしまう。1日公共事業をやって、終わった後のビールはうまいね、なんてことになってしまった。
そして20年。日本全体で人口減少が明確に始まったタイミングで、この山奥の村は、人口を4200人に増やすことに成功したんです。
私が関わっているところだと、福井県の鯖江市。市長と組んで、鯖江にイノベーションを創り出す取り組みを推し進めています。この市長がイノベーティブでした。例えば、市役所に中に新しいセクションを作った。JK課。女子高生課です。女子高生の意見を取り入れて、行政でできることをやっていく。これがけっこう成功して、次はOB課。おばちゃん課です。今度はおばちゃんの目線を入れていこう、と。
鯖江はメガネで有名ですが、伝統文化でもいいものがあるんですね。漆器の漆は伝統が1500年くらいある。伝統文化は古いままだとつまらないんですが、そこに新しい要素を組み合わせる。ニューコンビネーションです。
漆にデザインやITを組み合わせて、新しいものを作る。私はそうしたお手伝いをしています。鯖江は日本海側に面していて、不便なところですが、毎年、人口が増えています。暮らしやすさでも、かなり日本の上位に来る。イノベーションをちゃんと生みだしているところは、地方創成でも十分うまくいっているんです。
イノベーションを起こすための3つのヒント
人口高齢化で「日本は暗い」と言われることが少なくありませんが、そんなことはまったくありません。どんな産業でも、どんな企業でも、地方でも、イノベーションはたくさん生み出せるはずなんです。私自身も、いろいろな協力をしていまして、長野や福島では農業にも関わっています。いろんなところでイノベーションが作れるんです。
とりわけこれから2、3年、東京オリンピックまではイノベーションを作り出す、絶好のチャンスでもあります。日本は世界中から注目を浴びる。海外からたくさんの人や企業がやってくる。いろんな人がいろんな形で関わってくる。
実際、1964年の東京オリンピックのとき、日本からいろいろなイノベーションが生まれています。例えば、オリンピックを契機に大きく成長した産業が、ファミレスでした。選手村でいかに効率良く食事を作り、提供するか、というところから考えられた仕組みが、セントラル・キッチンだったんです。それを使って、ファミレスという産業ができた。
では、どうやってイノベーションを起こせばいいのか。もちろん具体的な作り方は、業界ごとに違いますが、全体に共通する重要なポイントが3つほどあると思っています。
一つは、ITの活用です。とりわけサービス業ではもっともっと使える。日本はIT化のスタートが早かった割に、とても遅れてしまっています。しかし、今となっては、この遅れが逆にチャンスです。10年前に比べると圧倒的に性能のいい製品やサービスが、10年前より圧倒的に安い値段で買えるからです。
これからロボットやAIが入ってきますから、これは使わない手はない。ITとの組み合わせもニューコンビネーション、イノベーションになるんです。手っ取り早くイノベーションを作るには、ITやデジタルはとても有用です。
二つ目は、自分の会社、自分の組織の人間だけでやろう、と絶対に思わないことです。終身雇用の日本では、同じ会社の社員だけでやろうと思ったら、集まった人の目線とか、知識とか、経験がほぼ同じになってしまいます。
イノベーションを作り出すには、なるべく多様な人材を集める必要があります。違った目線、経験、知識を持った人をなるべく広く集める必要がある。これは、経営学の世界では証明されています。
会社の中だけ、業界の中だけ、ではなく、いろいろな広いところからまったく違った知見や経験を引っ張ってきて、そこからニューコンビネーションを作ることが大切です。
三つ目は、先人の教えです。ダーウィンの進化論の知恵です。地球45億年の歴史では、滅んだ生物、生き残った生物がいました。では、何がそれを分けたのか。最も強い種が生き残ったわけではありません。結果的に生き残ったのは、環境変化に最も適応した種だったんです。
音楽業界でも、政治力を使ったり、有名コンサルティング会社に依頼して生き残り策を考えてもらったところが大きく成長したのではありません。AKB、ジャニーズ、EXILEなど、環境変化に自分なりに適応し、対応したところが大きく成長したんです。
今、日本全体が大変な環境変化に直面しています。地方ごと、地域ごとにも変化している。そこにしっかり適合するという観点は、イノベーションを生み出す上でも重要なヒントになると考えています。
もし潜在成長率が低いままなら、2020年以降、大変な時代が来るかもしれない。ただ、政権がどこまで改革を進めてくれるかわからないからこそ、自分たちで生産性を上げたり、イノベーションに取り組み意義が出てきます。それが、未来を分けるんです。
(文:上阪徹)
岸博幸きしひろゆき
慶應義塾大学大学院教授
1962年9月1日生まれ。東京都出身。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。通産省在籍時にコロンビア大学経営大学院に留学し、MBA取得。資源エネルギー庁長官官房国際資源課等を経て、…
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