
山本晋也
やまもとしんや
映画監督
戦後、GHQ占領下の日本でアメリカ文化に触れ、映画の魅力に目覚める。
思春期のほとんどを映画鑑賞に費やし、日本大学芸術学部卒業を経て日本教育テレビ(現:テレビ朝日)に入社。その後、羽仁進監督に弟子入りすると同時に岩波映画に身を移し、監督業へ転向。
1964年の東京オリンピックでは市川崑監督作品「東京オリンピック」でカメラアシスタントとして参加している。昭和を代表する名監督市川崑監督、黒澤明監督、小津安二郎監督らと時代を共にした日本映画界の生き字引的存在として映画関係のテレビ、雑誌等でコメンテーターとして活動中。
また東日本大震災以降、被災地で映画の上映会を行う等、映画を介したボランティア活動も積極的に行っている。平壌映画祭への参加をきっかけに度々北朝鮮に渡り、自らカメラを片手に平壌市民にインタビューを行うなど日本国外での活動も充実。
2014年11月には昭和大学医療チームや作家の曽野綾子氏らと共にマダガスカルへ渡り、現地の様子を取材した。
現在は、テレビコメントや雑誌コラム、講演会を中心に活動中。
経歴
- 1939年
- 東京都神田区(現・東京都千代田区)生まれ。
- 1963年
- 日本大学芸術学部演劇学科卒業。
- 1964年
- 岩波映画にて羽仁進監督に師事、助監督となる。
- 1965年
- インディペンデント系日本シネマで監督デビュー。
にっかつロマンポルノ作品、独立系、作品群は250本に及ぶ。 - 1990年
- エイズ問題に関心を持ち、ボランティア活動を行う。
当時、厚生省のエイズ撲滅広報委員(エイズ予防財団)に就任し、
全国の中学校・高等学校、都道府県の保健所にて講演活動を行う。(~現在)
主な講演テーマ
昭和映画論
昭和映画論
昭和時代の名俳優、名監督の裏話を披露。
同業界だからこそ知りえた驚きのエピソードを披露。
頑張ろう!プラチナ世代
頑張ろう!プラチナ世代
少子高齢化が進む日本において「シルバー世代」はもはや死語。
”生涯現役”を誓う山本晋也が送る60代以上の「プラチナ世代」に送る応援メッセージ。
1964年 ~東京オリンピック、パラリンピック~
1964年 ~東京オリンピック、パラリンピック~
市川崑監督作品「東京オリンピック」(1965年公開)にカメラアシスタントとして参加した山本晋也。会場の入館パスやオリンピック当日の切符など、マニア唾涎もののアイテム多数所持しております。
東京大空襲を体験した者として
東京大空襲を体験した者として
1945年3月10日、山本少年は東京にいた。
焼け野原となった東京の町の惨状、そこから這い上がった日本人の姿を山本晋也が独自の目線で語ります。
主な実績
講演実績
講演実績
<講演活動>
全国の中学校・高等学校/都道府県の保健所 など
テレビ
テレビ
| NHK-BS | シネマ堂本舗 |
|---|
ドラマ
ドラマ
| NHK | 連続テレビ小説・あぐり/ 連続テレビ小説・私の青空/ 大河ドラマ・利家とまつ/ 緋が走る/ 帽子(NHK広島開局80年ドラマ)/ 坊さんが行く |
|---|
映画
映画
監督作品(ドラマ)
監督作品(ドラマ)
監督作品(映画)
監督作品(映画)
受賞歴
受賞歴
| ギャラクシー賞 | 「都会のタコツボ師」(フジテレビ) ※受賞し、パート2・3制作 |
本
- 『山本晋也の感じるインターネット』 (ブックマン社)
- 『色即是食う 食う即是色』 (NTT出版)
- 『われらが性問題白書―さわやか対談』 (大修館書店)
- 『おどろきモモノキ日本の記』 (リクルート出版)
- 『山本晋也のマジメな社会学―歌舞伎町から世の...』 (全国朝日放送)
- 『山本晋也の青春ルール・ブック (講談社X文庫)』 (講談社)
講演料金目安
料金非公開講師になりますので、
お問い合わせください。
![]()
最近の検索条件
保存できる検索条件は10件までです





